理の科は、理科 理は一で蓋して埋めらている

クッキーを燒くのが好きなのですが、オーブンのプレートにバターなどの油脂が硬化油になってこびりつくわけです。

そこで、硬化油の部分をタワシだと傷付くので、重曹(炭酸水素ナトリウム)を水に溶かし、沸騰させて、セスキ炭酸ソーダにして、PHを上げること(よりアルカリ性に)で漬け置きしたらより落ちるのではないかと思い、放って置いたわけです。

そして、何日もコンロ周りに溶液に浸したプレートを置いて忘れていました。

そしたら、なんと、円盤狀のプレートは中心から見事に放射狀の結晶が出来るてるではありませんか。

溶液の水が揮發する過程で、セスキ炭酸ソーダの飽和溶液のPH9.8に近づくわけです。

重曹がPH8.4ですから、PHが1.4も上がりました。

PH1上がると、うんともすんとも言わなかった汚れがみるみる落ちます。

頭の惡い靈止がよく少し强めのアルカリ性の溫泉に行って、皮膚がスベスベになったと、言うやつです。

溶けてるだけやがな!

そして、アホなので、お風呂から出て十分に汚れ(垢やら皮脂汚れ)が落ちているにも関わらず、タオルで細胞の接着剤のリン脂質を壊す界面活性剤入りのボディソープを泡立てゴシゴシ洗うわけです。

完全な狂氣です。

話を戻し、元々話したかったテーマが初等教育の科學は、教科名を理科として習うわけで、理(ことわり)の科なので、物事の成り立ちの理由や本質を捉える科目なのです。

そして、理、ことわり、言割と捉え、漢字(言葉)を分解してみると、なんと、一に蓋をされて、大事なことが埋められて隠されているのが一目瞭然です。

観測者があって、色々な現象を様々な角度から考察した結果の総括が理なので、

もし、あなたがロールプレイングゲームの主人公なら(なりたいなら)、自ら理を探し求めないといけない訳です。

多くの靈止は、自ら、一(ひとつ→ひ→靈)で蓋をして埋められたものを見ようとしません。

もしかしたら、自らの蓋で閉ざされた中身がドロドロ、若しくは空っぽだから向き合うのが怖いのかもしれません。

その結果なのか、理科みたいな、小學生でやる科目を呼吸レベルで思考に取り入れる事を日頃から出来てる靈止は、今の日本人には殆ど見られません。

宇宙的な視点でいつも俯瞰したり、一見すると不規則で自然な出来事の中から目に見えない法則性、規則性を探っている和多志からすると、ちょっと理解できないのですが、

要は小學6年生の方が、理科を習ったばかりな分(👁️で嫌というほど嘘の情報を掴まされ、しかもそれを有り難がって疑いもしない大人よりも)完璧に物事の本質を捉えやすいのです。

莫迦(バカ)は、置いておいて、でもこれだけは莫迦にも、覺えておいて欲しい。

莫迦の語源は、無知や迷妄を意味する[s:moha(モーハ)]の音写と言われます。

物事の起きる順序は、意識があって、次に言葉があって、事波(ことば)、事の波が起きます。それが現象として現れる訳ですから、

莫迦は、永遠に痩せる事なく騙され続けるダイエット飲料を朧氣な意識で何故かしっかり手にしていて、(俗にゆう縋る思いで、すがるおもいで)、ただ絶対痩せないのである!

何故、それが痩せるに至らないか説明できないから痩せないのである!

意識朦朧(かすんで、はっきりしないさま)、迷妄(物事の道理に暗く、考えが誤っていること。それによる心の迷い。)な靈止と交わるのに、危険を冒してこちらがわざわざ霧の中に入っていって、呼びかけないといけないのですから、向こうの土俵に上がると碌でもないのは、肌感覺で分かるのです。

向こうが二千回生まれた変わったくらいでは、霧深い山奥から人里に現れてこんにちはなんて確率的にほぼないのです。

何故なら、意識朦朧な狀態でかつ迷妄で道にも疎いのに、崖から落ちず、無事に人里まで降りて来られる訳ないからです。

もう、頭の生えている靈止に伝わればいいです。 意識がしっかりしている靈止には、当然閃いた靈知の情報を話の流れに組み込んで、面白可笑しく例え話を交えて、伝えたくなるってもんですよ。

PH1上がると、酸性汚れに対して十倍の洗浄効果を持つイメージで間違いないです。

アルカリ性においては、洗浄力はPHは10の(X-7)乘の効果が期待できるわけです。

これは、日々の生活ででた垢や皮脂汚れに関しては、間違いないでしょう。

カビなんかの汚れだと、グルカン、マンナン、キチンなどのザックリ言えば多糖類ですから、アプローチが違います。

ただし、日頃から出る汚れはセスキ炭酸ソーダでほぼ分解できるので、あとはすすいで、脱水するのですが、乾かす時心配なら、クエン酸でもスプレーして、弱酸性にでもしておけば、菌やカビ類(カビも菌だわな)は生えないイメージでいいんではないでしょうか。

弱酸性の肌にカビが生えったってのは聞かないし、强酸性の胃にカビが生えたなんて当然聞かないのである。

和多志の知る限り、魂を捉えることの出来る

日本人は、もう絶滅したので、、、 ただ、希望を捨てて困難に挑むロールプレイングゲームなんてないから、現実として受け入れることは受け入れつつ、進んでいくのだよ。

北斗の拳の世界でも言うように、海は枯れ、地は裂け、全ての生物が死滅したかのように見えた。ただ人類だけは生き延びた。

そんな世界に生きている。

生き延びた日本人は、核にもあらゆる罠にもやられなかった特殊な靈止達なので、愛でて一緒に分け合わないといけない!

それは、情報である。

ノアの方舟を信じたもの、莫迦にするもの。

もう、今いる日本人風の靈止達は、ロールプレイングゲームの旅する側でなくて、モンスターが出た、怖いよーとか騒いで、同じセリフしか言わない🤖なので、伝えてもスルーされるだけなので、愉しくゲーム感覺で取れる情報は全部取って、頭のちゃんと生えていて話が通じる靈止と一緒に旅して、困難も氣付いたら困難じゃなくなる設定で生きていこうと、、、つってね!

困難は、氣付いた頃には、こんな筈じゃなかったと言えるくらい、雑魚になっているのだよ! そっちのパターンかよ、こんな筈じゃなかったのにって、逆かよと

相手の出方が分からんから恐怖するのだよ!

相手の出す駒が分かっていれば対策できるからね!

ノアの方舟に必要なのは、将来芽の出る種子や、やはり、異なる土地に行ってもやっていけるだけの知識を持っていた靈止であろう。 生きる術が、お弁当や外食だけな靈止なんて必要か。 知らない土地にいって、ほっかほっか亭がありますか。

セスキ炭酸ソーダの飽和狀態の威力、さらに結晶化

 

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